2017年

金融リテラシーの向上へ向けて
-大学・金融機関がすべきこととは-

2017.06.30

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近年金融機関の顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)に注目が集まっている。この動きの背景の一つに「個人の安定的な資産形成」があり、資産形成において必要な金融知識(=金融リテラシー)を個人が習得する支援活動も重要となっている。金融リテラシー向上に向けた取組を大学の講義を通じて実践されている慶應義塾大学の枇々木規雄教授に当社の後藤順一郎が聞いた。

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枇々木 規雄氏(ひびき・のりお)

慶應義塾大学理工学部教授 博士(工学)。慶應義塾大学大学院 理工学研究科 管理工学専攻博士課程修了。金融工学を専門とし、金融に関わる問題解決のためのモデリング技術や数量分析を通じ、「実際の金融取引に使える」ことを目指した研究を行っている。具体的には、「資産配分決定やポートフォリオ選択などの資産運用技術」「金融機関の資産と負債に関するリスクの総合的な管理技法」「家計のフィナンシャル・プランニング」「最適執行戦略モデルの構築」に関連する研究を行っている。

後藤枇々木先生は金融工学の専門家ですが、理工学部の学生向けに金融リテラシーといった生きるために必要な金融知識を身につけてもらうための講義もやってらっしゃいます。なぜそのような講義を担当してらっしゃるのでしょうか?

枇々木たまたま知り合いから私が開発した最適資産配分モデルを個人のファイナンシャル・プランニングの支援ツールに使えないかと持ちかけられ、ファイナンシャル・プランニングの研究を始めました。その後、2007年くらいに起業家育成講座というのを担当し始めたのですが、理工学部の学生は金融に関することをあまりわかっていない。この2つがきっかけとなり、やってみると、こういうことを教えるのは非常に有効だということが分かったわけです。知識を教えることも重要ですが、一番効果的だったと思うのは、きっかけを作ることができた、ゼロを1にしたということです。その人たちが今後そうしたことを勉強する時に、1を10とか20にするのはゼロを1にするよりは簡単にできるんじゃないか、と。

ファイナンシャル・プラニングの必要性を理解してもらうには

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後藤理工学部の学生はお金のことに関してあまり関心のない人が多いのかもしれませんが、卒業後に多くの学生が就職する製造業の企業では、確定拠出年金が採用されていることも多いかと思われます。そうすると、就職したらすぐに資産運用をしなければならないわけで、そういう意味で彼らをゼロではなく1にして社会に送り出すというのは意味がありますね。金融知識を忘れないように身に付けてもらうために何か工夫されていることはありますか?

枇々木こういうことが分かって良かったとか、必要不可欠なものだとか、実感してもらうことが非常に重要だと思います。例えば、キャッシュフロー表を作るために、収入がどうとか支出がどうかとか、自分で稼いでない学生にできるわけないんだけど、無理やりやらせてみてます。実際やらせてみると、「生きていくには、こんなにお金かかるんですね」とか、「共働きでないと、本当にお金って足りないですね」とか、そういうことを実感してもらうことができて、それだけでかなり違うんじゃないかなと思いました。もしかしたら人生に対する考え方みたいなものも変わる可能性があるかもしれない。

後藤非常に良いことですね。一方で、若者の夢を摘んでしまう恐れはないでしょうか? あなたの理想の人生を描いて、そのキャッシュフロー表を書いて見なさいと言った場合、例えば「外車に乗りたい」とか「高級な家に住んで見たい」といったプランが出てくる。そうすると赤字になっちゃうでしょうから、夢を壊しちゃうのかな、と。

枇々木もしそれを実現したければ、何らかの方法でやっぱりキャッシュフローをプラスにしなきゃいけないということを教えるしかありません。そのひとつの手段が、「お金にも働いてもらおう」ということです。お金に働いてもらうっていうと何か金儲けみたいに聞こえるけれども、資産運用というものを根本から考えると、まずは人的資本をきちんと高めてもらうところから始まります。学校で勉強して、理工学部なら理系的な技術をしっかり学んでもらう。企業で働いてもらって、社会に貢献してもらって、それに対するお給料をいただいて、その上でお金にも働いてもらうことで、今おっしゃったような人生を幻想ではなく現実にできる可能性が高まるわけです。

「人的資本」と資産運用の役割

後藤確かに、人的資本は一つのキーワードですね。

枇々木つまるところ、お金の話をしなくちゃいけないんだけど、その前に、働くことの重要性とか、それがどうやって価値を生むのかということを伝える必要があると思います。小さいころからの教育も重要だと思います。言葉は人的資本と言わなくても良いんだけれど、その話をした時にピンとくるように。ちょっと話が飛んじゃいますが、生命保険というのは人的資本のリスクヘッジ手段ですよね。サラリーマンになった若い人に生命保険を勧める時には、そういうことなんだと教えてあげられればと思います。それが理解できれば、必要な分はきちんと保険に入る一方で、必要以上に保険に入ってしまう、という日本人が陥りやすい行動を避けることができるようになります。

金融機関に求められる姿勢

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後藤 順一郎(ごとう・じゅんいちろう)

アライアンス・バーンスタイン株式会社 
AB未来総研所長兼 DC・NISA推進室長兼 慶應義塾大学理工学部非常勤講師

後藤一方で、現状を見てみると、金融機関が提供している投資教育というのは、どちらかと言うと、どこかの国の株が上がりますとか投資テーマはこんなのが良いですとか、目先のものになりがちだと思います。これに関してはどうですか?

枇々木やはり短期的に物事を考えてはいけないと思います。売りたいからという考えでやっていると、消費者にも見透かされてしまい、信頼感が得られないと思います。信頼というのは、その商品を信頼するということだけではなく、どうやればきちんと資産形成ができるとか将来の長生きリスクへの対応ができるかということまで含めて、「こういう風なことを考えなくちゃいけません。だからこういう風なことを検討すべきです」といった形で納得してもらわなければならない。なので、金融機関にとってはつらいかもしれないけど、まず、最初は投資する資産の話をしちゃいけないのかもしれないです。なぜ資産運用が必要なのかとか、そういったことを伝える必要がある。そして、金融機関が実際に提供しているものと、その教育で言っ ていたことが一致しなければ、信用は得られない。

後藤若い人たちに「投資してますか?」って聞いて手を挙げてもらって、何をやってるのかと聞くと、FXやってますと言う人が結構います。

枇々木「FXをやって儲かった」みたいな話には惑わされ易いですからね。本当だったら、金融機関は「FXやりたい」って言われたら、「長期の資産形成を考えているなら、そんなのはやめた方が良いです」って言い切ってしまっても良いくらいです。なかなか難しいかもしれないですが、そういったものも含めて本当の投資教育とは何かということを考える必要があるのではないでしょうか。

後藤これからのABに期待することは何でしょうか?

枇々木3つあります。まずは投資運用会社として投資教育で言っていることとマッチした商品を提供し続けること、2つめは現在行っている投資教育に関する活動を継続すること、3つめはこれらを含めて顧客本位の考え方(フィデューシャリー・デューティー)を継続することです。教育効果が現れるのは、20年、30年先のことになるかもしれませんが、それは継続することによって根付くと思いますので、それを実践するリーダーになってほしいと思います。

人的資本
今から定年退職までに稼ぐ給与の割引現在価値は「人的資本」と呼ばれ、個人の資産形成にとって、投資によるリターン以上に大きな要素と言えます。日本人の場合、給与などの所得は比較的安定しているため、人的資本はリスクの低い債券に似た性質を持ちます。若い時には債券に似た人的資本が多いため金融資産でリスクを取ることができますが、定年退職直前で人的資本が少ない時には、金融資産でリスクを取りづらい状況となっています。このように年齢によって資産運用におけるリスクの取り方などを変えることをライフサイクル投資といいます。

 

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